「オハヨーゴザイマス。日吉さん」 「………チビ助」 抑揚の無い声で話すのは、別に相手の事が嫌いというわけではなくて。 微妙な関係だから気まずい…という気持ちからだった。 晴れの日曜日、待ち合わせ場所に着いた二人は多少沈黙した後、静かに歩き出した。 > 水族館 「…で、今日はどこに行くの?」 「水族館だ。…嫌なら、帰ってもいいぜ」 この日吉若という男が、実はとても判りやすい人間であるという事にリョーマが気づいたのは、つい最近であった。 関東大会で会って以来、偶然にも程があるぐらい店先などでバッタリ出会っていたのだが… その度にリョーマは『感じの悪い奴』という印象を受けていた。…お互い様かもしれないが。 「嫌なんて言うわけないじゃん」 「なら、黙ってついてこいよ」 憎まれ口を叩くのは、照れ隠しだったり。本当に伝えたい言葉を、わざと冷たくしてみたり。 …ようは天邪鬼なのであった。そうと判れば、いつ彼が照れていて、言葉を伝えたいのか把握するのは簡単だった。 今の言葉もまた、照れて上手く伝えられないだけなのだろう。 リョーマは少し笑みを浮かべると、前を歩く日吉を追った。 「すっごーい!!!」 「………」 水族館に入る前までは、リョーマのテンションは普段と同じであった。 …が、中に入った途端にきゃあきゃあと騒いでいる。 『こんなにテンションの高い奴だったか?』と日吉も内心で首を傾げていた。 「キレイだねー…。日吉さんも、見てよ!」 「うわっ…引っ張るな!」 急に腕を引かれ、前に体勢を崩す日吉を見て、リョーマは慌てて掴んでいた手を離した。 そして伺うように日吉の顔を見る。 日吉にはその意味が解り、思わず噴出しそうになった。 「別に怒ってねぇよ。…なぁ、そんなにここ気に入ったか?」 「うん!俺、動物とか見るの凄く好き。魚もキレイだよね」 うっとりとガラスに張り付くリョーマを見て、日吉は『意外と可愛いとこもあるんだな…』と思っていた。 最初の頃は会う度にクソ生意気な台詞を吐かれ、思わず言い返したりもしたものだ。 …そう思うと、今は随分仲良くなった気がするが。 「ねぇ、何で日吉さんは俺をつれてきてくれたの?…っていうか、俺って日吉さんの友達?」 丁度ブラックライトで照らされたコーナーに来た時、リョーマはそう尋ねた。 しかしそれは日吉が自分に聞きたい事であった。 自分とリョーマは付き合っているわけでもなく、かと言って友達というのも違う気がする。 それでも、休日に会いたくなるのは決まってリョーマなのだ。 「…何となく、お前と来たかっただけだ。それに、友達って感じじゃないだろ、俺達」 「そっか。うん、確かにそうだね。…じゃあ何だろうね。俺は日吉さんに会えるの、凄く嬉しいんだけど」 「それは俺だって……」 と、言いかけた日吉は、リョーマの背後を見て顔を引きつらせた。 数メートル先に、部活で見知った先輩の顔がある。…部長の跡部と、何故か忍足。 『男同士でこんなとこ来るのは寒過ぎじゃねぇか?』と、日吉は自分を棚に上げて思っていた。 「どうしたの?日吉さん」 「早く行くぞ!チビ助…!」 見つかったら冗談じゃない。氷帝のテニス部員は、皆リョーマが好きなのだ。 折角二人っきりで居るのを邪魔なんかされたら、先輩とは言え暴力沙汰を起こしてしまうかもしれない。 そう思いリョーマの手を引いたが、時既に遅し。 「ああん?日吉じゃねぇか。お前とこんなとこで会うなんてな」 「…ん?あぁ!日吉誰と来てるん思ったら、リョーマやないか?!」 「何ぃ!?」 忍足の言葉に、跡部は日吉の背後を見た。 隠されるように立っているリョーマは、酷く困惑気だった。 「おい、これはどういう事だよ?ああん?」 「まさかとは思うんやけど…二人付き合っちゃったりーなんて事してへんよなぁ?」 思いっきり顔に怒りを表している先輩と、笑顔だが声が恐い先輩。 よりにもよってこの二人に…。日吉は溜息をついて、どう言おうか考えた。 「…あのさ、俺達付き合ってないよ?」 後ろからひょっこり顔を出したリョーマが、そう告げた。 その言葉に、途端に嬉しそうになる二人。 「ふん、当然だ。越前が日吉を相手にするはずがねぇ」 「リョーマはテニス強い奴好きやもんなー」 何気に酷い事を言っている先輩二人。しかし日吉にとってそれはどうでも良かった。 …むしろリョーマに言われた言葉。確かに付き合ってはいないが、本人に言われると少し胸が痛い。 何故胸が痛むのか、日吉には理解出来なかったが。 「日吉さんは強いよ!…それに…付き合ってないけど、俺は好きだし…」 「「「!?!!」」」 ボソッと呟かれた言葉に、三人はそれぞれ違う反応をしていた。 跡部は怒りに肩を震わせ、忍足は顔を真っ青にしていた。 そして日吉はと言うと…、珍しく頬を染め、リョーマをジッと見つめていた。 「あの…日吉さん?やっぱり嫌だった?」 「!」 その言葉に覚醒すると、日吉はリョーマの手をとって走り出した。 跡部と忍足はというと…リョーマの言葉が相当ショックだったのか、放心状態で固まっていた。 「…はぁ…はぁ…。もう、急に引っ張らないでよ…」 「あ、あぁ…悪い。…って、そうじゃないだろ!さっきのは何なんだ?!」 「何って…告白。俺、日吉さんの事好きだもん」 『だから今日も楽しみにしてたんだ』と付け足すリョーマに、日吉は頬をほのかに染めた。 「…本当、なのか?」 「うん、本当だよ」 「跡部部長とか、忍足先輩より…?」 「…っていうか論外」 「そうか。俺も、越前が好きだ」 その言葉を聞くと、リョーマは日吉にそっと抱きついた。 そして胸に顔を埋め、照れ隠しに悪態ついてみた。 「…走ってたから、ほとんど見れなかった」 「またつれて来てやるよ。それでいいか?」 日吉の言葉にリョーマはコクリと頷いた。 嬉しそうなリョーマを見て、日吉は自然と微笑んでいた。 「後はライバルを蹴散らすだけか…」 同じ部活の男達や、果ては他校まで。多くのライバルを思い、日吉は溜息をついた。 けれどリョーマにはその呟きは届かず、ただ好きな人と一緒に居られる事に満足げであった。 不器用な恋人達の、ひと夏の思い出…。 |